音気楽ブログ

人と違ってそれでいい

最近よく目にする、耳にする表現「人と違っていたっていいじゃない」。人と比べるから悩む。それぞれがそれぞれでいいんだよ!私もそうだったけど、今こうやってここで生きています。人と同じでなくてもいいんだよ!。
果たしてそうでしょうか。平均的画一的教育が相変わらずはびこっている日本の文化、民族意識。そのまっただ中にある学校教育。右向け右、前へならへ!と、幼少期から枠の中にはめ込んで、軍隊式な統制を試みる教育?システム。はみ出し者は許さないし認めることはない。それこそ没個性教育でありすべての子供に平均を求める。そのようなシステムで育った親たちも、結局は自分の子供に「平均」を、あるいはそれ以上を求める。社会の大勢がそのような構造になっている中で、安易に人と違ってもいいなんて気安く言い放つ奴の気がしれない。そんな気休めみたいな言い方が、悩んでいる子供を更に追いつめているのである。

人と違って・・・とはなにがどのように違っていいと言っているのか?あるいは違っていいなら、どうしろというのか、そこまで言及しているやつはいない。自分だけ何らかの方法で乗り切ったものだから、気安く言い放つ。もちろん、人は皆違うのだから悩みも違うのだから、固定的な解決法などあり得ないのであるが、少なくともその乗り切った方法をもっと語るべきである。更には、「人と違って・・・」ではなく、逆に「人と同じでそれでいい」ということも言うべきである。人と同じで・・・がまるで罪悪のような言い方にも閉口する。

いずれにしても、社会思想が変わらない状態で、安易に救いのロープを垂らすような真似はしないでもらいたい。しかも、そのロープときたらまるで頼りないあっという間に切れてしまいそうなおそまつなものばかりで。一個人が人を救うなんておこがましい。頂上にたどり着いたものが中腹で苦しんでいる者にかけてあげられる言葉は「人と違って・・・」ではない。それはあなたの自己満足だ。