むかし昔、「こだわる」という表現は実は悪い意味で使われておりました。ちょっとした事に「とらわれる」、という意味だったんです。とらわれるとは、拘束されるとか自由に考えることができなくなる、とあります。あいつは何事にもこだわる、めんどくさいヤツ・・・みたいなのとか、そんなことにこだわらなくても・・・みたいな使われ方だったんです。
ところが、今はどうでっか?「こだわりの味」とかで行列ができたり、「こだわりの技」とかいってもてはやされたり・・・。本来の言葉の意味や使われ方がどんどん変わっていく。価値観の相違とかジェネレーションギャップとかじゃないと思うんですげど。
私らの世代感覚からするとやはり「こだわる」は良い意味には使えないんです。
とことん「追及する」とか絶対「妥協しない」とかいう表現方法が正しいんだと思います。「頑固」なんてえのもいいですねー。この「がんこ」という表現から連想されるのは、ねじり鉢巻きをした職人!てやんでー!のおっさん。「この青二才、てめえなんぞは十年早えーってんだ!」
コンピューターが普及して、ネットであらゆる情報がゲットでき、にわか造りの「プロ」があふれかえっている。誰でも簡単にいろんなことができちゃうんです。「石の上にも三年」がたったの三日でできちゃう。努力とか修行とか修練とかもう誰もしない。表面的に「そう」なっていればいいんです。柱もないペラペラの外見キレイな「住宅」でいいんです。酢飯の上に魚の切り身が張り付いていれば「寿司」なんです。
物事、「こだわる」から始まってもいいんだと思います。但しそれで終わってはいけない。こだわるなんてことは、誰でもできるんです。幼稚園児だってやっている。そこから努力と研鑽を積んで「極める」まで行かなくっちゃ意味がない。「極める」です!。それでこそ価値がある。